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1000匹が23区に 東京でタヌキが暮らせる理由 大手町のオフィス街にも登場

2011/8/16 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版
大手町のビルで捕獲されたタヌキ(2010年11月5日、東京都千代田区の警視庁丸の内署)
大手町のビルで捕獲されたタヌキ(2010年11月5日、東京都千代田区の警視庁丸の内署)
タヌキといえば、里山に暮らすイメージが強いが、東京23区内にも1000匹ほどが生息しているという。大手町のオフィスビルに夜間、自動ドアを開けて入ってくるなどの珍事も起きている。ライバルのキツネはもはや都心から撤退しているようだが、タヌキがしたたかに都会暮らしを続けられる理由はなんだろうか――。
東京の上野動物園。クマ舎の脇の小さな獣舎で、メスのタヌキが1匹だけ飼育されている。名前は「しのっぴ」。数年前、近くの不忍池あたりで捕獲された。飼育担当の野島大貴さんは「正確な年齢は分からないが、まだ若くて動きが活発ですよ」と話す。顔つきは、よくある置物のような丸顔ではない。鼻が少々ツンとしていて面長な感じだ。夜行性なので昼間は寝ていることが多いが、食事のほかにたまにおやつとして昆虫を与えると、昼間でも興奮して走り回っている。そのスピードはネコほどではないが意外に早い。「この子はあまり人間を恐れない。人間たちの様子をじっと観察しているようなところがありますね」と野島さんは言う。
上野動物園の獣舎で元気に走り回るタヌキのしのっぴ
上野動物園の獣舎で元気に走り回るタヌキのしのっぴ
この「しのっぴ」のほかにも、東京には、ひそかに人間を観察して生きているタヌキたちがいるようだ。2010年11月には夜間、大手町のJXビルに体長50センチほどのタヌキが1匹、地下の自動ドアから入ってきた。けがをしている様子もなかったので、捕獲後、警視庁丸の内署が都内の緑地に放している。09年には、竹橋のオフィスビルの地下駐車場に迷い込んだ子タヌキが保護され、衰弱していたのでミルクなどを与えられた。
野生のタヌキが都会に出没するのはなぜだろうか。「タヌキたちのびっくり東京生活」などの著書がある動物ジャーナリストの宮本拓海さんは「都心には案外、タヌキが暮らせる緑地が残っているんですよ」と解説する。タヌキは、昆虫やムカデ、ミミズといった地表の小動物や、カキ、ムクノキ、ギンナンといった果実を食べるが、行動範囲は結構狭く、半径数百メートルほどに収まることが多い。東京には夜に閉鎖される緑地公園などがそこそこあるが、そうしたところがあれば暮らしていける。さらに東京には天敵の野良犬がほとんどいないのが好都合なのだという。
都内に暮らしているタヌキの子ども(左)とお父さん(宮本拓海さん提供)
都内に暮らしているタヌキの子ども(左)とお父さん(宮本拓海さん提供)
タヌキは春に巣穴で子どもを産み、夫婦で仲良く子育てする。子どもたちは晩秋に独立していく。里山ではほかの動物が掘った穴を巣穴として利用しているが、東京では、線路脇などの側溝や寺社の床下などを使っているという。昼間は巣穴で寝ており、夕方以降、人のいなくなった緑地公園や寺社などで活動し始める。警戒心が強いので、人の近くに来ることは少ない。万一遭遇しても、太ったネコと勘違いして、見過ごされることが多いという。
宮本さんは1998年に世田谷区でタヌキを目撃してから、その生態に興味を持ち、調査を続けてきた。2006年ごろからは専用サイトの「東京タヌキ探検隊!」(http://tokyotanuki.jp/)などで広く目撃情報を募っている。これまでに収集した1600件を超える目撃情報をもとに、東京にはタヌキがおよそ1000匹いるという試算を出している。主な生息範囲と思われるのは次の8グループだ。
(1)荒川南岸グループ=荒川河川敷から南は東武東上線を越えたあたりまで
(2)西武線グループ=西武新宿線・池袋線の沿線
(3)京王線グループ=京王線と井の頭線の沿線
(4)多摩川グループ=多摩川とその支流一帯
(5)目白文京グループ=山手通り以東で文京区全域、台東区、北区の一部も含む
(6)御所グループ=皇居、赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮とその周辺
(7)水元グループ=葛飾区の水元公園周辺
(8)白金グループ=白金にある国立科学博物館付属自然教育園の周辺
東京のタヌキを調査している宮本拓海さん
東京のタヌキを調査している宮本拓海さん
この生息範囲を見ると、緑地の多い地域のほかに、鉄道の沿線が含まれているのが興味深い。「タヌキにとって線路は暮らしやすい場所なんです」と宮本さんは言う。高架された路線は別として、地上の線路脇にはたいてい側溝があり、雑草が生えていて昆虫もいる。深夜、電車が来なくなってからはタヌキの天国。西武線や京王線などは線路沿いに伝っていけば、車の多い大通りも突破できる。
タヌキがこうして生き延びているのに、キツネがいなくなったのはなぜだろうか。明治初期には銀座あたりでもキツネが見かけられたという。彼らはタヌキより頭脳派のイメージがあり、都会のサバイバル競争に向いていそうだが、残念なことに、タヌキより少しだけ肉食系だったことが災いしたようだ。タヌキが果実や昆虫などを食べるのに対して、キツネはネズミなどの小動物を好む。その食生活を支えるためには、より広大な緑地が必要だった。英国の都市などでは今でもキツネを見かけるところもあるが、東京の緑地では、タヌキは養えても、キツネまでは養えなかったようだ。
宮本さんは「タヌキもたらふく食べているわけではなく、東京でこれから急激に増えるようなことはない」と話す。そうしてひっそりと暮らすタヌキたちと万一、幸運にも出くわすことがあったら、どう接したらいいだろうか。いちばん避けたいのは、大騒ぎして追いかけ回すこと。野生動物とは一定の距離を保ち、見守るのが望ましい。「近づかない、騒がない、食べ物を与えない」。宮本さんは、この3原則を提案している。
(生活情報部 平田浩司)